間違い電話の向こう側

芸術・その他雑記

思い出に苦しむひと 2

 過去の読書ノートより抜粋。

 前回の記事からの続き。


 

 今読んでいるのはヘッセの「人は成熟するにつれて若くなる」という本。「クヌルプ」よりも後に書かれた随筆集で、テーマは繋がっている。「クヌルプ」がヘッセの30代後半の作品で、今から老いを迎える人間の不安が前面に出ていたのに対し、この本は老いを迎えた後でどのように生きていけばいいのかという、「クヌルプ」である意味棚上げされていた問題の回答が書かれている。


 ただ、ヘッセという人は最期まで思い出に捉われながら生きた人のようで、この本で繰り返し書かれている「老年には老年の価値がある」といった内容も、何となく自分に言い聞かせているように見えてしまう。どうしても「老いる」ことの悲しみが底流にあって、ヘッセ自身がそれに縛られている気がするのである。その分、書かれている内容は本当に切実で、こうして書くことによってしか心が救われなかったのではないかと思えてくる。しかも、ヘッセは85歳まで生きたので、自分では晩年だと書いている50歳前後の頃から、まだ30年以上もそれが続いたのだと思うと、生きるということに空恐ろしいものを感じてしまう。


 若い頃の思い出に縋って生きるということは、結局は果てしなく長い苦しみしか生まない生き方になってしまう。「若さ」を前提とした価値を第一のものとして認めてしまうと、人生は3分の1程度の前半部にしか価値がないと言っているのと同じことだ。世間ではこの価値観が当たり前のものとして喧伝され、事あるごとにメディアから押し付けられるが、それを真に受けていると、ほとんどの人は人生の残りの3分の2を、喪失感を抱えたままで生きていかねばならなくなる。そしてそのことに関しては誰も責任を取らない。


 価値観というものは、個人の中でも時期によって移り変わっていくもので、要は当人が生きているその時期をよいものだと思うことさえできればそれが一番いいのである。そのため、普通の人は若さを失いつつも、それと引きかえに別の何らかの価値を積み上げながら生きている。坂を下っている間でも、何かひとつ向上しているものさえあれば、人はそれを信じて生きていけるのである。これは歳をとると杖が必要になるのと同じである。そして、多くの人は他者に杖にして生きている。他に何も生きている理由がない人でも、子供がいたら、よほどのことがない限り真面目に生きるだろう。もしくは、「人のために」といって社会的な奉仕活動に精を出す人なども、相手が不特定多数という違いはあれど、考え方は同じである。


 老年という長い冬に耐えるためには、一時しのぎで自分の人生の根拠を他人に預けているだけでは駄目で、自分の中に確固たる価値を作らなければならないのだと思う。作家にとっては、書くということがそれを補強する行為に他ならず、どこまでも自分と対峙することが唯一の対抗策だったのだろう。